昭和五十四年十月十四日朝の御理解


御理解第六十二節
「昔から人もよけれ、我もよけれ。人より我が尚よけれと言うておるが、神信心して我が身の上のおかげを受けて後に人を助けてやれ。神信心も手習いも同じ事。一段一段進んで行くのじゃ。俄に先生にはなれぬぞ。」


 昨日の十三日会を頂いて、もう本当に何というですか、充実した十三日会でした。ところがあまりに充実しすぎておったような感じがして案外残るものがなかった。といったような感じが致します。不思議ですねえ。本当にああ、あすこんにきがまちっとどうかと、言ったような方が何か弾みがつくような気がします、ね。
 もうおかげもね。あんまり完璧ともう言うようなおかげをまあ言うたら人間の上にも身代の上にも、健康の上にももう何にもかにも足ろうておかげ頂いておる。というのはね、もう少し位あれも頂きたい、これもまだ足りんというような時の方が、何か張り合いがあるような感じがする程しに、昨日は素晴らしい十三日会でした。本当に充実してました。 中に大阪教会の御信者が二人見えておりましたが、池田先生の亡くなった、いわゆる御主人の京城におられる時の高校時代の友達、昔の中学ですね。の友達がたまたまこちらで同窓会があるというので、あのう池田先生をわざわざ尋ねて見えられた。そして、合楽との出会いという事を話しておられましたが、御本部であのう信者控えの所であっちこっちから、教会からの出版物が出ております。その中で“おかげの泉”を初めて見せて頂いた時の感動を話しておられました。とうとう四時間もかかってあれを写して帰られたという事です。まだそれ迄は、池田さんが何処におるやら全然分からなかった。その後に於いていろいろの事から、池田先生がお道の教師になって合楽教会で修行しておるというので、それもあり又合楽という所に魅力を感じ、私の一年前の大阪での講演会は家族中でお話しを拝聴させて頂きましたというような発表があっておりましたが、そのう何ですかね、“おかげの泉”を皆さんの場合、扉に私が書いとりますように、少なくとも十回は読み返しなさいと。これは読み本じゃない。これは頂く本だと。だから、即おかげにつながるんだというふうに私も確信してますし、だからその事を書いておるわけですけれども、もうそれを書き写して帰ったと。ま熱意の程を感じます。して昨日見えられて大変、丁度それが十三日会にわざわざ参って来たわけでもないのにおかげを頂いた。
 みなさんどうでもあの十三日会にはね、もう本当に万難を排して出なきゃいけませんね。 これは私は昔から十三日会というのは神の願いが成就する日と言われるのですから、もう私が、言うならば今日は十三日会ですよ。お参りしなさいと言わんでもこればっかりは私は言わんできたんです。
 ところが、十三日会がひとりでにどんどんどんどん進んで最近では昨日の便りによりますとビリグイ教会でも、昨日末永先生がお届けしてましたが十三日会を始めるようになったと。いやこの十三日会というのはもう世界津々浦々に広がっていかなきゃならんのだというような内容をもっておるのが十三日会です。神の願いが成就する、ね。
 十三日といやあ、もう世界の悪日だと思うて言うなら世間狭い生き方をしておる人達すら沢山ある中にね。その十三日というのは神の願いが成就する日として尊ばせて頂く。せめてこの十三日という日ぐらいは世界中の休日にして本気で信心研修の、言うなら本当の合楽通いが出来るような、言うなら合楽世界に住めれるような稽古をさせて頂く。今迄いろいろなむしろ教えに縛られたというかね、因縁に縛られ、輪廻にも身動きも出来ないような生き方ね。罪とか罰とかといったような事でもう兎に角、罪深い私と自分で決めてしまわなきゃならないように教え込んである宗教などから考える時に、成る程合楽理念は、いや金光教の信心は宗教以前の宗教だとね。悪日と言われるのが一番最高の日だと神愛の現れる日だというようなですね、それこそ、開けてみれば愛という、どういう場合であってもそれを悟らせ、分かる程しどんなに罪があり、因縁の深い家でもです、詫びれば許してやりたいのが親心とおっしゃる、ね。こんな素晴らしい事があるだろうか。
 今迄十字架をかろうておると思うておったのが、おかげの手掛かりであり、言うならおかげのプラスをしていく為のそれになるとさえ、最近は頂いております。そういう言うなら内容を持った十三日会ですから本当におかげを頂くです。十三日会は、皆ね。ですから世界の言うならば信心を頂く日というか、休日というてもいいですかね、もう今日という今日だけはです、子供達にもです。今日は十三日ね。今日は日頃いうこときかん子供でも今日だけは親の言う事を聞かなきゃいけない日だよと、子供達にもその言えるような日にしていきたいという神様の願いを受けて合楽では十三日会をね、一切の罪業も消えてなくなる程しの内容を持っての十三日会、ね。そういう会合が椛目からずうっと続いておりますがです。昨日の十三日会は余りにも充実し過ぎて何かかえって物足りないものを感じるような、有り難い十三日会でしたが、その中で今大阪の御信者さんが発表されましたように私共はもちっと本気で、言うならば合楽理念の勉強に又それを実験実証に取り組まきゃならんのじゃないか、そこから、生まれてくるおかげを頂いてという事になるのじゃないでしょうか。
 私は昨日皆さんの発表を聞かせて頂く中に、日田の綾部さんが発表しておられましたが、自分の願いが成就するというような事から神様が分かっていくとばかり私思うておったが、ね。自分の願いが成就しない、ね、そういう時ほどかえって信心の確立は出来るもんだという意味の事を昨日は感じましたですね。
 あちらがお導きをされた方の中には、もう癌で助かったという人が何人もありますし、もう医者は助からんという二階からですね、下のコンクリートの上に子供が落ちて頭の脳天を割って日田の病院ではどうでもしょうがないというので、医大に行った。医大に行ったけども、もうだめだと言われる。それこそ、おばあさんが守りをしよって取り落としたっちゃから、もうそれこそ泣いてお願いに見えた。助けて下さいと言うて綾部さんのあれでした。もう神様ももう初めは駄目だと頂いた。丁度引き割れてしもうとる。田圃の水田がない時にこう割れてしまうでしょう。そしてもう枯死寸前というような状態を頂いてから、それでもそのばばさんの余りの一生懸命の願いに又それをお願いさせて頂いたら上からお水がスッーとその田圃にかかっていくところを頂いたんです、ね。おかげで助かったんです。だから、そういう人がですね。綾部さんの周囲にはいくらもあるけれども、そういう人がなら一時は有り難い有り難いで参って来よったけども、言うならば喉元通れば熱さ忘れるで殆ど信心が続いてない人が多いです。綾部さんの周囲には幾人もそういう人が助かっておるです、ね。それで神様の働きちゃ、間違いがないなあと言うてそのお導きをされたその綾部さん自身が、神様の間違いなさを確信して行かれたけれども、今度の癌の方の四ヶ月間、毎日日参された。
 もう医者は絶対駄目だ。という絶対駄目だというそのその人の運転で参って来られるのですから、それこそ、爆弾を抱えたごたる気持ちで日参したと言うておられます。その方が亡くなられた。もう親戚中にでも口張って、自分がお導きして来よった、もし死んだらどうするかと例えばその奥さんから言われた時に死なっしゃたなら私が親戚中に言い訳をしてあげるとまで言うてそのお参りして見えておった。それが亡くなられた。もう亡くなられてからのおかげというのがとても兎に角素晴らしかったですね。それでいよいよ言うならば、もうどんな強引にでもどんなに無理を言うてでも例えば、心を神様に向けてから神様に向かうて来る事ならばですね、もう絶対助かるじゃなくてね。絶対神様が顔を立てて下さるという確信なんです。そして神様の言うならば、目に見えない世界ね、霊の世界ですからその目に見えない世界の事までが、おぼろげながら感じられるほどしのお国替えであったです。途中に材木やさんでしたから、材木屋を辞められてその株が丁度その株っていうですか、権利金というですかそういう金が百万円出してあったのがお取り次ぎを願うておられました。これが返ってくるようになったら御造営費にお供えしたいからというてお願いしておられたら、間も無くしてそれが下がってきたんです。だからそのままお供えをなさった。
 成る程、家々では反対する人もあったらしいです。半分にしときなさい、とか十万円位でようはなかですかという息子やらもあったらしいですけれども、いやもう神様にお願いしたとだからと言うてされた。そういう事からでしょうね。百万円で合楽行という事を頂いた。百万円でもう極楽のまいっちょ向こうにある合楽世界に住める程しのおかげが頂けるなら、こげな安い事はなかのと言うて話した事でした。もう成る程、こういうお国替えの様子を見とったら、言うならばこの世からあの世へのもう、黄泉路と言います、真っ暗な道と言われるその道にです、言うならずうーっと灯籠がついておるような感じでした。そして合楽行が出来る。そりゃ成る程いろんな一生の間には様々なお粗末御無礼もあろうけれども、そのいよいよの時にそういう間違いのない神様のお働きに奉賛するというか神様の、言うならばお喜び頂ける働きを表したという事がこういう素晴らしいお国替えに繋がり、そういう素晴らしいあの世での幸福というかあの世での有り難い世界というものに行かれただろうと思わずにはおれない程しのお国替えであったという事ね。私は昨日その話を綾部さんから聞かせて頂いてね、神様の間違いなさというのは、自分の形の上のおかげで分かるよりも、形のないもので分かった信心が一番確かだという事ですね。めのめき算に眼に見えて、そしてこれをおかげと言うて誰でも合点がいきますけれどもですね、その眼に見えるおかげは大した事はないです。もう眼に見えないおかげの世界というのは無限大です。その無限大に繋がる程しのおかげの世界を感知する事が出来るです、ね。
 自分の思うようにならなかった、それが最後の最後までそれを貫かせて頂くところに神様の働きというものは、その眼に見えない世界を広がっていく様子をね、感じる程しのものであった。ただ本当に神様が顔を立てて下さるというおかげではなくて、その事によって綾部さんが頂かれた神様への一つの確信というものはもう非常なものであるという事。昨日私は感じさせて頂きました。
 信心が一段一段進んでと、ここにありますが先ず自分がおかげを受ける。神様ちゃあらたかなお方だなと。ここに医者が見放したという病人がある。それこそ強引にでもお導きをして助かった。あんたのおかげで命が助かったというて、おかげを頂いていかれ、今ずうっと日田からお参りになる田中さんもそうです。胃ガンだったんですから、ね。それがおかげを受けて、これも綾部さんのお導きでした。というようにですね、そういうおかげを言うならば、頂かせて頂いて神様を確信するという事は、眼に見えたおかげを見て確信が出来ていくのです。ほお、間違いないなあ、ほおちいうだけくらいな事ですよ。ところが、眼に見えないおかげを感じだしたら、分かりだしたらもうこれは絶対なものです。信心してね、おかげを受けるという事はね。痛い、痒いが治ったので有り難いのでは無い。いつも健康なのが有り難いと分かったら、素晴らしい信心だと言われるようにですね。自分が感じきらなかったところ、眼に見えなかった所におかげを感じられる。はあ、神様ちゃ間違いがないな、こういう場合でもこういうふうにして、言うならば顔を立てて下さる。親戚中の人達からも喜ばれてお礼参拝があった位でした。ね。
 それが話題になって日田の山奥の方の何か部落の方達が、そげなとこならいっちょどうでん私共もお参りがしたいという、その何か会合の時に話があったというような話も、昨日しておられましたがです。皆さん目に見えるおかげよりも、目に見えないところのおかげを感知出来れる信心。これはもう一生懸命の信心からしか生まれて来ないです。理屈を聞きゃすぐ分かる。けれども、それを自分の身に体験させてもろうてですね、おかげの確信というか、いや神様の確信というかね。そこから生まれてくる信念ならいよいよ間違いがない。
 私共の言うならば、右と願えば左、左と願えば右といったような時代に、いよいよ神様のおかげを神様を信ずる事が出来るようになった。という事もこう改めてそう思います、ね。はあ、又売れた又売れたという時には、はあ有り難いおかげを頂いてとこう言いよるばってんね。それは本当に浅いおかげの実感です。そして、その次に自分の思うようにならなかったりすると、はあ、あん時のつはふのよかったちゃつかぐれいになってしまうです。間違いなくね。ですから、そのおかげ、自分の思うようにならなかったとか、目に見えない世界におかげを感じれれるようになったら、私は信心も一人前だと思うですね。
 いわゆる、あれもおかげ、これもおかげとわかるという事ですから、真の信者という事になるのです、ね。今日私、一段一段進んで行くのがとおっしゃるのが、一段一段というのは、おかげを積み上げて行くのではなくて、おかげと思うたり、おかげの反対の、言うならば事柄の中からでも神様のこういう、言うならば働きを受けておっての事であると、分からして頂くような信心を頂いていくという事が、信心が一段一段進んで行くというのではなかろうかと思います。
 次に又人に示現活動をさせてもらう時、お導きをさせてもらう時にね。もっと素晴らしい、言うなら観念を持ってお話しが出来、お導きが出来るようになると思います。
 我が身の上におかげを受けてというおかげは、そういう過程を踏んで私は進められて行くものだと。売れた売れたというて、おかげを受けた。御利益を受けたという中からは、本当な言うなら力強いというかね。目に見えないところのおかげ、目に見えない世界におかげを感ずるというようなおかげにはなってこないと思う。目に見えるおかげがはっきりここに現れる。そのそこだけしかおかげと思えないような信心ではもろいですね。一つ本当に大地に根を生やしたようなね、ひとつ、信心を頂きたいですね。 どうぞ。